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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)32号 判決 1999年12月17日

原告

中尾眞

原告

中尾眞紀子

原告

中尾綾子

右三名訴訟代理人弁護士

鳥飼重和

西垣泰三

多田郁夫

森山満

遠藤幸子

被告

目黒税務署長 湯上和弘

右指定代理人

熊谷明彦

笹崎好一郎

高橋勝茂

上賢清

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が、原告中尾眞に対し、平成七年六月三〇日付けでした、平成五年六月二日被相続人中尾玲子の相続開始に係る相続税の更正のうち納付すべき税額九九〇〇万〇六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

二  被告が、原告中尾眞紀子に対し、七年六月三〇日付けでした、平成五年六月二日被相続人中尾玲子の相続開始に係る相続税の更正(ただし、平成八年一一月二七日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち納付すべき税額三二九八万二四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、平成八年一一月二七日付けの賦課変更決定処分により一部取り消された後のもの)を取り消す。

三  被告が、原告中尾綾子に対し、七年六月三〇日付けでした、平成五年六月二日被相続人中尾玲子の相続開始に係る相続税の更正のうち、課税価格三億四二二五万五〇〇〇円、納付すべき税額一億二六九三万二〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、平成五年六月二日に死亡した被相続人中尾玲子の相続人である原告らが、右相続開始に係る原告らの相続税について被告が平成七年六月三〇日付けでした各更正のうち、原告らの申告額を超える部分及び各過少申告加算税賦課決定処分(ただし、原告中尾眞紀子については、平成八年一一月二七日付けでされた減額更正処分及び賦課変更決定処分により一部取り消された後のもの)の各取消しを求めている事案である。

一  前提となる事実(争いがない事実)

1  相続の発生

(一) 原告らは、平成五年六月二日死亡した被相続人中尾玲子(以下「亡玲子」という。)の相続人である。

(二) 亡玲子の相続に当たり、同人の相続財産として評価すべき積極財産は、別表4-1順号1ないし6の各土地のほか、別表1順号2の家屋、同別表順号3の有価証券(その内訳は別表5記載のとおり)、別表1順号4の現金・預貯金(その内訳は別表6記載のとおり)、別表1順号5の家庭用財産、同別表順号6のその他の財産(その内訳は別表7記載のとおり)であり、債務控除すべきものは、別表1順号8の借入金、同別表順号9の葬式費用である。

なお、右の相続財産の価額及び債務控除すべき借入金等の額のうち、別表4-1順号1の土地の持分(東京都目黒区青葉台二丁目二六六番六三の土地の持分三分の二。以下、右土地を「本件宅地」といい、本件相続に係るその持分三分の二を「本件相続宅地」という。)の価額については後記のとおり争いがあるが、その余については、当事者間に争いがない。

2  本件課税処分に至る経緯

(一) 原告らは、いずれも、亡玲子に係る相続(以下「本件相続」という。)について、平成五年一二月二八日、別表AないしCの各「期限内申告」欄記載のとおり相続税の確定申告を行い、その後、平成七年四月一〇日、同各「修正申告」欄記載のとおり修正申告を行った。

(二) これに対し、被告は、同六月三〇日、別表AないしCの各「更正処分」欄記載のとおり各更正及び過少申告加算税賦課決定処分を行った。

(三) 原告らは、同年八月二二日、右の課税処分を不服として、別表AないしCの各「異議申立」欄記載のとおり異議申立をしたが、同年一一月一六日、これらはいずれも棄却されたため、同年一二月一五日、同表AないしCの各「審査請求」欄記載のとおり審査請求に及び、平成八年一二月六日、これらの各審査請求はいずれも棄却された。

ただし、原告中尾眞紀子については、同年一一月二七日、別表Bの「減額更正処分」欄記載のとおり減額更正され、過少申告加算税の一部が取り消された。

(以下、原告らに対してされた右の各更正(ただし、原告中尾眞紀子に対する更正については平成八年一一月二七日付けの減額更正処分により一部取り消された後のもの)を「本件各更正処分」といい、各過少申告加算税賦課決定(ただし、原告中尾眞紀子に対する過少申告加算税賦課決定については、平成八年一一月二七日付けの賦課決定処分により一部取り消された後のもの)を「本件各賦課決定処分という。)

二  本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の根拠-被告の主張

原告らに対する本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の根拠は次のとおりである。

1  課税価格の合計額(別表1順号一三の合計欄の金額 八億八一七三万四〇〇〇円

右課税価格の合計額は、次の<1>ないし<3>記載の原告らの課税価格の合計額である。

<1> 原告中尾眞の課税価格 二億六六五〇万九〇〇〇円

<2> 原告中尾眞紀子の課税価格 八八八〇万九〇〇〇円

<3> 原告中尾綾子の課税価格 五億二六四一万六〇〇〇円

右<1>ないし<3>記載の金額は、次の(一)に記載の相続により取得した財産の総額(別表1順号7の合計欄の金額)のうち原告らが相続により取得した財産の価額(別表1順号7の各人の金額)から、次の(二)に記載の控除すべき債務の総額(別表1順号10の合計欄の金額)のうち原告らが負担する債務の金額(別表1順号10の各人の金額)を控除した後の金額に、次の(三)に記載の相続開始前三年以内に亡玲子から原告らが贈与により取得した財産の価額を加算した金額(ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一甲の規定により各相続人の課税価格の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の額)である。

(一) 相続により取得した財産の総額(別表1順号7の合計欄の金額) 一〇億九七〇一万五八一七円

右金額は、原告らが相続により取得した財産の総額であって、その内訳は次のとおりである。

(1) 土地の価額(別表1順号1の合計欄の金額) 七億五六六九万八一七三円

右のうち、各原告ごとの取得価額の内訳は別表1の各人欄記載のとおりであり、また、各物件ごとの価額の内訳は別表4-1のとおりである。

右のうち、本件相続宅地の価額は、「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七国税庁長官通達(平成六年二月二五日付け課評二-二・課資一-二による改正前のもの。)以下「評価通達」という。)に定める路線価方式によっての価額を算定したものであり、一平方メートル当たり路線価一三七万円に本件宅地の地積六二八・〇九平方メートルを乗じて算出した本件宅地の価額八億六〇四八万三三〇〇円の本件相続に係るその持分三分の二を乗じた五億七三六四万六四〇〇円に、租税特別措置法(ただし、平成六年法律第二二号による改正前のもの。以下「本件措置法」という。)六九条の三を適用して、四徳〇九二四万六四〇〇円とした。

(2) 家屋の価額(別表1順号2の合計欄の金額) 八一六六万五九九五円

各原告ごとの取得価額の内訳は別表1の各人欄記載のとおりである。

(3) 有価証券の価額(別表1順号3の合計欄の金額) 二億一四三六万三〇二七円

各原告ごとの取得価額の内訳は別表1の駆る人欄記載のとおりであり、また、各銘柄ごとの価額の内訳は別表5のとおりである。

(4) 現金・預貯金の価額(別表1順号4の合計欄の金額) 三七四八万二三三六円

各原告ごとの取得価額の内訳は別表1の各人欄記載のとおりであり、また、各預貯金ごとの右価額の内訳は別表6のとおりである。

(5) 家庭用財産の価額(別表1順号5の合計欄の金額) 一〇〇万〇〇〇〇円

各原告ごとの取得価額の内訳は別表1の各人欄記載のとおりである。

(6) その他の財産の価額(別表1順号6の合計欄の金額) 五八〇万六一八六円

各原告ごとの取得価額の内訳は別表1の各人欄記載のとおりである。

その細目ごとの価額の内訳は別表7のとおりである。

(二) 控除すべき債務の総額(別表1順号10の合計欄の金額) 二億一六五〇万〇〇〇〇円

右金額は、相続税法一三条及び一四条の規定に基づき、原告らが相続により取得した財産から控除すべき債務の総額であり、各原告ごとの内訳は別表1の各人欄記載のとおりである。

(三) 三年以内の贈与加算額(別表1順号12の合計欄の金額) 一二二万〇〇〇〇円

右金額は、亡玲子の相続開始前三年以内に原告中尾眞紀子及び原告中尾綾子が亡玲子から贈与された財産の価額の合計額で、相続税法一九条(ただし、平成六年法律第二三号による改正前のもの)の規定に基づき、原告らの課税価格に加算される金額であり、各人ごとの課税価格に加算される金額は次のとおりである。

(1) 原告中尾眞紀子分 六一万〇〇〇〇円

(2) 原告中尾綾子分 六一万〇〇〇〇円

2  原告らの納付すべき相続税額

(一) 原告中尾眞紀子及び原告中尾綾子の納付すべき相続税額(別表1順号一八の各人欄の金額の合計額) 三億二九〇七万二八〇〇円

右金額は、相続税法一五条ないし一七条、一九条(一五条、一六条及び一九条については、平成六年法律第二三号による改正前のもの)、一九条の三及び二〇条の各規定に基づき、次のとおり算定した。

(1) 原告らの課税価格の合計額(別表1順号一三の合計欄の金額) 八億八一七三万四〇〇〇円

右金額は、前記1記載の金額である。

(2) 遺産に係る基礎控除額(別表2-1順号2の合計欄の金額) 六七〇〇万〇〇〇〇円

右金額は、課税価格の合計額から控除すべき基礎控除額であり、相続税法一五条の規定に基づき、四八〇〇万円と九五〇万円に二(相続税法一五条二甲の規定により、相続人数は二人となる。)を乗じて算出した一九〇〇万円との合計額である。

(3) 課税遺産総額(別表2-1順号3の合計欄の金額) 八億一四七三万四〇〇〇円

右金額は、右の(1)の金額から(2)の金額を控除した金額である。

(4) 法定相続分に応ずる取得金額(別表2-1の順号5の各金額)

次の各金額は、相続税法一六条の規定に基づき、原告らが法定相続分に応じて取得したとした場合(相続税法一五条二甲の規定により、相続人数は二人となる。)の課税遺産額であり、右(3)の金額に原告らの法定相続分をそれぞれ乗じて算出したもの(ただし、通則法一一八条一甲の規定により、一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の額)である。

ア 原告中尾眞分(法定相続分二分の一) 四億〇七三六万七〇〇〇円

イ 原告中尾眞紀子及び中尾綾子分(法定相続分二分の一) 四億〇七三六万七〇〇〇円

(5) 相続税の総額(別表2-1順号6の合計欄の金額) 三億六六七四万〇四〇〇円

右金額は、右(4)のア及びイの各金額に相続税法一六条の規定を適用してそれぞれ算出した金額の合計額である。

(6) 原告中尾眞及び原告中尾綾子の相続税額(別表1順号14の各人の金額)

次の各金額は、相続税法一七条の規定に基づき、右(5)の金額に按分割合(別表1の順号一三の各人欄の金額を同別表の同欄の合計欄の金額で除した割合)を乗じて算出した金額である。

ア 原告中尾眞分 一億一〇八六万五六二二円

イ 原告中尾眞紀子分 二億一八九四万四〇一八円

(7) 贈与税額控除の額(別表1順号15の金額) 一〇〇〇円

右金額は、相続税法一九条の規定に基づき原告中尾綾子の課税価格に加算された贈与財産に課せられた贈与税の額である。

(8) 未成年者控除の額(別表1順号16の金額) 一八万〇〇〇〇円

右金額は、相続税法一九条の三の規定に基づき、六万円に原告中尾綾子が二〇歳に達するまでの年数三を乗じて算出した金額である。

(9) 相次相続控除の額(別表1順号17の各人の金額)

次の各金額は、相続税法二〇条の規定に基づき別表3のとおり算出した相次相続控除額の総額に按分割合(別表1の順号17の各人欄の金額を同別表の同欄の合計欄の金額で除した割合)を乗じて算出した金額である。

ア 原告中尾眞分 一八万六九二六円

イ 原告中尾綾子 三六万八七二七円

(10) 原告中尾眞及び原告中尾綾子の納付すべき相続税額(別表1順号18の各人の金額)

次の各金額は、右の(6)の金額から(7)ないし(9)の金額を控除した金額(通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後の額)である。

ア 原告中尾眞分 一億一〇六七万八六〇〇円

イ 原告中尾綾子分 二億一八三九万四二〇〇円

(二) 原告中尾眞紀子の納付すべき相続税額(別表1順号18の金額) 三三二一万五八〇〇円

右金額は、租税特別措置法の一部を改正する法律(平成八年法律第一七号)附則一九条三項の規定に基づき、別表2-2及び別表2-3のとおり算出した金額三三二七万八七〇〇円(別表2-2の<9>欄の金額)から相続税法一九条の規定に基づき原告中尾眞紀子の課税価格に加算された贈与財産に課せられた贈与税の額一〇〇〇円(別表1順号15の金額)と別表3のとおり算出した相次相続控除額の総額に按分割合(別表1順号17の原告中尾眞紀子の金額を同別表の同欄の合計欄の金額で除した割合)を乗じて算出した金額六万一八七七円を控除した金額(ただし、通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後の額)である。

3  本件各賦課決定処分の根拠

(一) 原告中尾眞及び原告中尾綾子に課せられるべき過少申告加算税の額について

原告中尾眞及び原告中尾綾子は、亡玲子の相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて、通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないから、右原告ら両名に課されるべき過少申告加算税の額は、同原告らの納付すべき相続税額から、本件修正申告書に記載されている同原告らの納付すべき相続税額を控除した金額(ただし、通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後の額)に同法六五条一項の規定により右金額に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した一一六万七〇〇〇円(原告中尾眞)及び九一四万六〇〇〇円(原告中尾綾子)となる。

(二) 原告中尾眞紀子に課せられるべき過少申告加算税の額について

原告中尾眞紀子は、亡玲子の相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないから、原告中尾眞紀子の納付すべき税額から本件修正申告書に記載されている中尾眞紀子の納付すべき税額を控除した金額(ただし、通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後の額)に同法六五条一項の規定により右金額に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した二万三〇〇〇円となる。

三  本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の違法事由-原告らの主張

1  本件各更正処分及び本件各賦課決定処分は、相続財産を構成する本件相続宅地の価額の算定について、相続税法二二条に違反して誤った評価を行っているから、これを前提してされた右の各処分はいずれも違法というべきである。

(なお、本件相続宅地以外の相続財産の価額及び負債額については、前記のとおり、当事者間に争いがなく、また、本件相続宅地の価額については、本件措置法六九条の三の適用につき、当事者間に争いはないから、以下では、本件相続宅地の価額というときは、本件措置法六九条の三の適用によって減額される前の評価額をいう。)

(一) 本件相続宅地の評価について採るべき算定方法

(1) 評価通達によれば、相続税法二二条の時価はいわゆる客観的交換価値とされており、また、地域の各路線価は、経済的格差に従って、金額の差異はあるものの、各路線の間に、一定のバランスをとって、毎年、構成されているものであるから、近傍類地の路線価に対する売買取引実例価格の低額割合を用いて、相続土地の路線価を修正して、相続土地の時価を推定評価することは相続税法二二条の規定の趣旨に合致するものである。

そして、原告らは、<1>東京都目黒区青葉台三丁目三〇八番二の土地(以下「甲土地」という。)、<2>同区青葉台二丁目五二一番五四及び八二の土地「以下乙土地」という。)<3>同区青葉台三丁目五三六番三の土地(以下「丙土地」という。)の各取引事例(以下、各土地の取引事例を順二「甲取引事例」、「乙取引事例」、「丙取引事例」という。)を見つけて、これらを検討し、本件相続宅地の時価を推定評価し、本件相続宅地の価額を三億一五五〇万五五二三〇円と評価して、これを基に確定申告を行ったものである。

すなわち、甲取引事例は、二箇月以上にわたって売広告が電柱等に掲示され、不特定多数の市民の目にとまったことからして、評価通達にいう不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に該当し、客観的交換価格といえること、甲土地は、乙土地及び丙土地と比べて本件宅地に最も近い地域に所在し、環境も類似していること、甲土地の路線価の水準は、乙土地及び丙土地の路線価の水準よりも、本件宅地の路線価の水準により近いことなどを勘案し、甲取引事例の実際取引価格一億二八〇〇万円をもとに、その一平方メートルあたりの価格の路線価に対する割合〇・五四二を算出し、その小数点以下第三位を切り上げて〇・五五とした上で、これを本件宅地の路線価一三七万円に乗じて、本件宅地の一平方メートルあたりの時価を七五万三五〇〇円と評価した。そして、これに本件宅地の地積及び亡玲子の持分三分の二を乗じて、本件相続宅地の価額三徳一五五〇万五五二〇円を算出したものである。

したがって、右方法により算出した本件相続宅地の価額三億一五五〇万五五二〇円が相続税法二二条の定める時価というべきであり、これを超える価額を本件相続宅地の価額と評価して算出された本件各更正処分は違法である。

(2) 被告の後記の反論に対する再反論

ア 被告は、甲取引事例については、対象土地である甲土地と本件宅地との間には環境の差があり、また、甲土地は不整形地であると指摘するが、環境の差については、甲土地は本件相続宅地からわずか三〇〇メートルの近傍である上、右の違いは路線価の金額の差において経済的に調整されているものであり、また、不整形地の点については、甲土地は間口が大きく約八メートルもあるので、不整形地補正の必要はない。仮に、間口狭小補正率と奥行長大補正率を適用して路線価を修正してみても、実体取引価格の路線価に対する割合が、五五パーセントになる程度であり、不整形地の程度は極めて低い。

イ 被告は、乙土地については甲土地と同じく不整形地区であると指摘するが、仮に評価通達の付表4及び5を用いて不整形地補正の計算をしてみると、路線価は一平方メートル当たり一二三万九〇〇〇円となるが、それでも実際取引事例価格は九〇万六〇〇〇円であるので、時価が路線価よりも二六・九パーセントも低いこととなる。

ウ 被告は、丙土地については、公益法人の取引事例であるから参考とならないと主張するが、昭和四九年からは、国土利用計画法によって、民法上の公益法人についても、契約価格が当時の時価として適当であるかどうか都道府県知事によって確認されているはずであるから、時価が路線価よりも二三・八パーセントも低いことは十分に推認できる。

エ いずれにしても、被告の主張は、実際に売買取引された土地は、必ずなんらかの特徴や不整性を持っているにもかかわらず、これを大きく誇張して、批准評価の対象とならないとするもので、納税者の主張を単に否認したいがために、整形の程度や、公益法人性などを誇張した極めて主観的ないし恣意的なものである。

(二) 路線価方式による評価の不当性

(1) 被告は、本件相続宅地の時価評価については、本件相続宅地を本件相続開始時点において評価する場合には、評価通達に定める路線価方式によって評価すべきことを主張し、その根拠として、被告の依頼に係る株式会社三和不動産鑑定事務所作成の本件宅地の鑑定評価(以下「三和鑑定」という。)による不動産鑑定評価額と公示価格の時点修正による価格の二つを挙げる。

(2) しかし、被告は、不動産鑑定士等が評価し決定する地価公示法の公示価格が客観的時価を表すとした上で、その八〇パーセントの金額となるように評価した路線価を常に時価以下と考え、惰性的に適用する誤りを犯している。

地価が連年急落する際には、地価上昇の場合と逆に、その年において、地価公示法の公示価格は土地の客観的時価に追いつかず、高止まりするというのが不動産鑑定士業界の通説であり、これを前提として算定される路線価も、客観的時価を上回ることとなる。これは平成五年から平成六年ころの相続税の物納申請の大激増等の現象からみても明らかである。

また、不動産鑑定士による鑑定評価額については、不動産鑑定士は公示価格ないし路線価が客観的時価を上回っているかどうかについて鑑定ないし評価することにつき、地価公示法上の大きな制約を受けていて、既に標準地の公示価格が設定されている地域の宅地については、この標準地の価格を基準としなければならない(地価公示法八条)から、客観的かつ公正な鑑定評価は困難である。

そして、鑑定料を支払う被告からの鑑定評価の依頼となれば、依頼を受けた不動産鑑定士は、路線価評価は適正であるとの方向での鑑定評価の結論にする可能性が高い。

三和鑑定は、肝心の比率価格の基礎をなす収集した取引事例四例の中に青葉台地区の近傍類地の取引事例が含まれておらず、いずれも本件宅地の所在する青葉台地区から遠く離れて本件宅地又は近傍類地との地域格差が明確に表示されていない目黒区の他の地区の宅地の取引事例であって、しかも、その取引価格については、その土地に付されている路線価とどのような関係になっているかが全く示されておらず、本件宅地の路線価の水準の適否を検討するにはきわめて不十分なものである。

(3) 被告は、修正公示価格を根拠として路線価評価額は時価以下であるとも主張するが、これも公示価格に基づく算定である点において、右と同様に誤った評価といわざるを得ない。

(三) ちなみに、本件における確定申告に先立って、「路線価には必ずしもとらわれない」とする国会答弁(第一二三回国会参議院大蔵委員会における政府委員の答弁。右委員会における政府委員の答弁を、以下「国会答弁」という。)及び国税庁内部の事務連絡(以下「事務連絡」という。)が存在する。

2  本件各更正処分には、右のほか、次のような違法がある。

(一) 理由附記欠缺の違法

(1) 本件各更正処分は、更正の理由附記がなく、行政手続きの基本法、統一法として制定された行政手続法の規定に違反する。なお、行政手続法の適用除外を定めた通則法七四条の二の規定は、適正手続を定める憲法三一条に違反しており、無効な規定と解すべきである。

すなわち、適正手続を定める憲法三一条の趣旨からいえば、行政手続に関する基本法である行政手続法の基幹的な規制部門の適用除外を行うことができるのは、同法三条一項の規定した一六の処分及び行政指導と同法三条二項の地方公共団体の機関のする処分及び行政指導並びに地方公共団体に対する届出だけでる。税務手続に関する各論的、個別的法律である通則法の規定による適用除外は、憲法三一条の適正手続を具体化した行政手続法を骨抜きにするものであり、憲法三一条の下における法秩序に反して許されない。

(2) そして、青色申告に対する更正処分については、理由附記を欠く場合には、処分自体の取消しは免れないところ、処分庁の判断の慎重・合理性を担保して、その恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものであるとの青色申告に対する更正処分についての理由附記の趣旨ないし目的は、相続税法における更正処分にも共通するものである。

(3) したがって、不利益処分である更正処分について、処分の客観性及び判断の慎重、合理性を担保させ、訴訟等の事後救済手続上の便宜に資する等のため更正の理由を附記しなければ適正手続を欠くため、理由附記のない本件各更正処分は違法である。

(二) 修正申告の慫慂の違法

(1) 原告らに対して、平成七年六月一三日、同月二一日及び同月二七日、修正申告書提出の慫慂が行われた。

(2) 租税の賦課徴収は、憲法第三〇条及び第八四条の規定による租税法律主義の原則に服し、通則法その他各税法という法律の規定に基づいてのみ、行政処分ないし行政行為を行うことが許されるものであるが、修正申告の慫慂に応じて、修正申告をすれば、後に慫慂の誤りを発見しても、修正申告自体に対しては不服申立てができず、また、通則法二三条一項の規定により、更正の請求は、法定申告期限から一年以内にしかできないから、不服審査及び訴訟に関する重大な権利を失わせるものであること、行政手続法においては、行政指導は、「書面主義の原則」、「相手方に対する文書交付請求権の賦与」等の法規制を課する行政手続法上の行政行為とされていること、税務権力を背景とする威圧的修正申告の慫慂は、租税法律主義、特に、明確主義の原則に全く相反するものであることなどからして、修正申告の慫慂は憲法に違反する行政行為というべきである。

(3) したがって、原告らに対して行われた修正申告書提出の慫慂は憲法違反の行政行為であり、これに続く更正処分も同じく憲法に違反し、無効である。

また、仮に慫慂が事実行為であるとしも、更正処分を行うための準備行為として更正処分と一体となるものであるから、本件各更正処分も、その行為の中に憲法違反の行為を含む処分として、無効である。

(三) 通則法二四条違反の違法

(1) 通則法二四条によれば、税務署長が当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正することができるのは、当該課税標準等又は税額等が税務署長の調査したところと異なる場合に限られている。

しかしながら、被告は、本件各更正処分を行うまで、原告らが提出した「相続税申告書」に記載した本件相続宅地の評価の仕方に関する本件相続宅地の近傍類地の売買実例、その評価方法等を全く調査せず、しかも、申告事実が税法違反であることの指摘もしないで本件各更正処分を行ったものであるから、本件各更正処分は、通則法二四条の規定に違反し違法である。

(2) 本件調査更正処分の前に申告事実の調査が全く行われなかったことは、次の事実から明らかである。

ア 本件各更正処分通知書には、理由附記がなく、申告事実の調査の有無は明らかではない。

本件異議申立てに対する決定書においても、申告事実の調査及び税法違反指摘の有無は、全く記載されておらず、三和鑑定によれば評価通達によって算定した路線価で評価申告すべきであると、更正の理由らしきものを簡単に述べているだけである。

審査請求に際しては、国税不服審判所は、原処分庁よりも、通則法二四条の規定違反の問題の重大性を認識したものか、審査裁決書のなかで、調査担当職員は、平成六年一二月一二日に請求人らが申告の基礎とした甲取引事例及び乙取引事例の現地確認調査を行っており、調査担当職員は、原告中尾眞に対して申告の内容についての調査結果を説明し、請求人らが申告の基礎とした売買実例は、不整形地であり、本件相続宅地の価額の算定の根拠とするのは、妥当でないとの判断から、請求人らが申告した本件相続宅地の価額は適正でないと説明しているとした。しかしながら、申告書付属明細書では、所在地等の詳細について特記が要求されていないので、本件相続宅地評価に関しては、評価減割合「〇・五五」と表示したにすぎず、そのほかにも、近傍類地の取引事例についての質問調査は全く行われなかったから、平成六年一二月一二日には、甲取引事例及び乙取引事例の所在地等を調査担当職員が知り得るはずはない。

イ また、被告は、訴訟段階になって、審査裁決の段階まで採用してきた「通則法二四条の調査」の定義を変更しており、この事実によっても、申告事実の調査が行われなかったことは明らかである。

3  本件各賦課決定処分について

(一) 仮に、本件各更正処分が適法であったとしても、次のとおり、本件各賦課決定処分は違法である。

(二) そもそも過少申告加算税は、本来、憲法に定義さないるような租税ではなく、一種の行政罰ないし行政制裁の性格を有するものであるから、刑法総則の適用を受け、納税者に故意又は過失がない場合には、これを課すことは、許されない(同法三八条)というべきであるところ、原告らは、申告に当たっては、過少申告の故意はなく、また、本件申告に先立ち、申告相談をする等細心の注意を払ったから、過失もない。

(三) また、相続税法二二条の定める「時価」の評価に関して、前記のとおり、「路線価には、とらわれない。」、「路線価にはとらわれないことを税務職員に徹底する。」という国会答弁及び事務連絡が明らかにされており、しかも評価通達においてはもちろん、これらの国会答弁ないし事務連絡が、客観的時価が路線価よりもどの程度下回っているかの評価の仕方等について具体的な評価方法を全く示していないこと、塩崎潤税理士が、納税申告前に三回にもわたって目黒税務署を訪れて、自らが収集した青葉台地区の取引事例を示しながら、いかなる価額で申告したらよいか、そのためには、税務署の把握している青葉台地区の取引事例を開示してもらいたいと申告相談を行ったにもかかわらず、売買取引事例によって評価すると過少申告加算税が賦課されることがあるとの説明を受けなかったことからすれば、国会答弁、事務連絡及び申告相談を信頼して申告した納税者は、通則法六五条四甲の定める「正当な理由」を有するというべきである。

仮にそうでなくとも、右の事情の下で原告らに過少申告加算税を賦課することは、著しく信義に誠実を欠くもので、禁反言の原則に反する違法なものである。

四  原告ら主張の違法事由の主張に対する被告の反論

1  本件相続宅地の価額について

原告らが本件相続により取得した本件相続宅地の価額は、以下のとおりに算定すべきである。

(一) 相続税における財産の評価

相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価により評価するものと規定し、右時価とは相続開始時における当該財産の客観的交換価値をいうものと解されているが、客観的交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、評価通達及び毎年各国税局長が定める相続税財産評価基準(以下「評価基準」という。)に定められている評価方法により画一的に相続財産を評価することとされている。

これは、相続財産の客観的な交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的、かつ、大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等からして、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であるという理由に基づくものであり、右評価通達及び評価基準に規定された評価方法は、時価の評価方法として妥当性を有している。

(二) 宅地の評価方法

(1) 宅地の価額は、利用の単位となっている一区画の宅地ごとに評価することとされており(評価通達一〇項)、原則としてその宅地の面する路線に付された路線価を基とし、所要の補正を行い計算した金額により評価する方式(以下「路線価方式」という。評価通達一三項)又は倍率方式により評価することとされており(評価通達一一項)、評価の対象となる宅地がいずれの方式によるかは評価倍率表に示されている。

(2) 路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している不特定多数の者の通行の用に供されている道路又は水路ごとに設定され(評価通達一四項)、具体的には評価基準の路線価図として公表されている。

(3) 宅地の評価額は、右路線価を基として、その宅地の奥行距離に応じて「財産評価基本通達一五(奥行価格補正)の定めによる奥行価格補正率等の適用について」(平成四年八月二七日付課評二-一〇・課資一-一五)別表1に定められた補正率を乗じて計算した価額(評価通達一五項)に、その宅地が面する路線の状況に応じて評価通達付表2(側方路線影響加算率表)及び評価通達付表三(二方路線影響加算率表)を適用して計算した金額(評価通達一六ないし一八項)の合計額に地積を乗じて計算することとされている。

(三) 路線価方式による本件相続宅地評価額

(1) 本件相続宅地の価額を路線価方式により算定すると、五億七三六四万六四〇〇円となるところ、本件においては、以下に述べるとおり、本件相続宅地の路線価方式による評価額が相続開始時点における客観的時価を超えていないのであるから、被告が本件相続宅地の時価の評価は適正である。

(2) 三和鑑定に基づく不動産鑑定評価額

三和鑑定によれば、本件宅地の相続開始時点(平成五年六月二日)における更地としての鑑定評価額は八億七九〇〇万円であることから、本件相続宅地の鑑定評価額は八徳七九〇〇万円に三分の二を乗じた五億八六〇〇万円となる。

(3) 公示価格の時点修正による価格

本件宅地に近接し、本件宅地と街路条件、交通・接近条件、環境条件、行政的条件、地積の各条件が極めて類似している東京都目黒区青葉台二丁目五二一番四一外の公示地(以下「目黒七の公示地」という。)を基に本件相続宅地の本件相続開始時点における価格を算定すると、目黒七の公示地の平成五年一月一日時点の一平方メートル当たりの公示価格は一八〇万円であり、目黒七の公示地の平成六年一月一日時点の公示価格は、一四〇万円であるので、平成五年一月一日時点平成六年一月一日時点までに右公示価格は四〇万円下落したことになる。

右下落金額四〇万円を平成五年一月一日時点の公示価格一八〇万円で除し、一二分の六(平成五年一月以降本件相続開始までの経過月数)を乗じて平成五年一月一日時点から相続開始時点までの地価下落率を求めると、〇・一一一となり、一・〇〇〇から右地価下落率を控除して求めた時点修正率は〇・八八九となる。

そうすると、平成五年の公示価格に右地価下落率を乗じて求めた本件相続開始時点における目黒七の公示地の時点修正後の価格は一六〇万〇二〇〇円となり、さらに場所的修正のために右価格に平成五年の本件宅地の面する路線に付された路線価一三七万円を同年の目黒七の公示地に付された路線価一四五万円で除した割合を乗じて算定すると一五一万一九一三円となり、この金額が本件宅地の一平方メートル当たりの時点修正及び場所的修正後の価格となる。

右価格一五一万一九一三円に本件宅地の地積六二八・〇九平方メートルを乗じた価額は九億四九六一万七四三六円であり、本件相続宅地の価額は右価額に亡玲子の持分三分二を乗じて求めた六億三三〇七万八二九〇円となる。

(4) 右のとおり、本件相続宅地の路線価方式による評価額は五億七三六四万六四〇〇円であるところ、三和鑑定に基づく不動産鑑定評価額は五億八六〇〇万円、目黒七の公示地を時点修正、場所的修正した後の本件相続宅地に対応する価額は六億三三〇七万八二九〇円であり、いずれも路線価方式にある評価額を上回るものである。

したがって、本件相続宅地の本件相続開始時点における価額を評価する場合に、評価通達に定める路線価方式によって評価することは許されないものとはいえず、右路線価方式により求めた本件相続宅地の価額を基に被告がした本件各更正処分は適法である。

(5)ア 右の三和鑑定に基づき不動産鑑定評価額及び公示価格の時点修正による価格はいずれも公示価格を基準とするものであるところ、原告らは、地価が連年急落する際には、公示価格は土地の客観的時価の下落に追いつかず、高止まりするから、公示価格が客観的時価を表すことを前提とする被告の主張は誤りであると主張する。

イ しかしながら、公示価格を規定する地価公示法は、適正な地価の形成に寄与することを目的として、標準地を選定し(同法一条)、標準地について、二人以上の不動産鑑定士又は不動産鑑定士補の鑑定評価を求め、その結果を審査し、必要な調整を行って、一定の基準日における当該標準地の単位面積当たりの正常な価格を判定し、これを公示するものとし(同法二条一項)、標準地の鑑定評価を行うに当たっては、総理府令で定めるところにより、近傍類地の取引価格から算定される推定の価格、近傍類地の地代等から算定される推定の価格及び同等の効用を有する土地の造成に要する推定の費用の額を勘案してこれを行わなければならないとされ(同法四条)、さらに、右総理府令(標準地の鑑定評価の基準に関する省令)では、詳細にその鑑定評価方法を定めていることからすると、公示価格は標準地の正常な価格を表しているということができ、同法もその算定する正常な価格を、土地について、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格をいうものと規定している(同法二条二項)ことから、土地の客観的時価を求めるに当たり、公示価格を基準とすることは何ら差し支えなく、むしろ同法八条の趣旨にも沿うものというべきである。

したがって、公示価格を基準とする三和鑑定に基づき不動産鑑定評価額及び公示価格の時点修正による評価額は、いずれも正当なものであり、原告らの主張は失当である。

(四) 原告らの主張する評価方式の誤り

(1) 原告らは、近傍類地の三件の取引事例より算定した価額を時価として主張するが、右の方式自体が合理性を欠く上、右三件の取引事例は、以下のとおり、いずれも適当な取引事例とはいえないから、これに基づく原告らの主張は失当である。

(2) 原告らは、甲取引事例については、単に本件宅地との直線距離のみを根拠として近傍地であると主張するものであるが、住宅環境差や不整形地、日照問題等極めて条件の悪い土地であることが明らかであり、また、乙取引事例についても不整形地であるほか幅員三メートルの傾斜のある進入路の奥の宅地であり、高い擁壁に囲まれた土地である等の特殊事情の存するものである。

(3) なお、原告らは、丙取引事例が国土利用計画法に関する届出をした取引であるから、適正な時価として確認されたものであるとするが、同法に基づく勧告は、時価相場より高額であった場合に行われるものの、低い価額に対しては行われてはいないのであるから、勧告がされたとはいえない。

2(二)  原告らは、被告が路線価によって本件各更正処分を行い、三和鑑定による評価額を根拠として本件各更正処分の適法性を主張することは、前記の国会答弁及び事務連絡に反し、相続税法二二条の規定に違反すると主張する。

(二)  しかし、右の国会答弁は、「仮に路線価よりも実際の取引価格あるいは鑑定士の評価額あるいは公示価格等が低い、路線価の方が高いとうい場合には、個々の実例に応じて適正な価額で算定する、路線価には必ずしもとらわれないということでございますので、取引価額を上回るということはないようにしたいと思っております。」、「個々のケースにおいて客観的な価額が評定され、それが路線価を下回っている場合にはそれが採用されるということになると思います。」あるいは、「路線価で申告される限りは時価を下回っていてもそれは適正な申告ということで処理させていただくことになると思います。」そして現場の税務署に徹底してほしいとの問いかけに対して、「その御指摘の前に、まず路線価が適正であるべきであるというのが第一だと思います。したがいまして、例えば地価が下がっているという場合にはそれを適正に路線価に反映させる、まずこれを徹底させたいと考えております。その上で、なおかつ個別の事例でその路線価に比べ実際の取引価格、民間精通者評価額、公示価格等から勘案してそういった価格の方が路線価よりも低いという場合は、その低い価格が時価ということになるわけでございます。徹底させたいと思います。」、また、土地の売買広告が新聞に出れば、実際の取引価格として理解してよいかとの問いに対して、「時価とはやはり取引価格、その広告が出たということではなく、実際に取引さり価格ということになると思いますが、ただその場合でも、例えば売り急ぎで安く売ってしまったとか買い急ぎで高く買ってしまったとか、そういう異常値は排除して、いわゆる中値を評定して算定することになると思います。」と答弁されているものである。

(三)  そこで、右答弁内容と本件各更正処分の内容及び被告の主張とを比較してみると、彦は本件相続宅地を路線価で評価するに当たり、<1>三和鑑定の鑑定評価額を基礎とした本件相続宅地の評価額を路線価による評価額が下回ることから、路線価による評価額は相続税法二二条の規定する時価として適正であること、<2>原告らの主張する甲取引事例の価額は不整形地に係るものである(右答弁中の「異常値」の一つの事例といえる。)等の事情から、その価額をそのまま本件相続宅地の評価を行う上での計算根拠として引用した原告らの申告額は適正な額とは認められないことから、右路線価に基づく本件各更正処分を行ったものであり、何ら国会答弁の内容に反するものではない。

これに対し、原告らは、右答弁中の「路線価には必ずしもとらわれない」との部分のみに着目して、評価すべき土地の近傍に「路線価よりも低い取引価格」さえあれば、その取引にどんな事情が存在しようとも、「申告納税制度に属する税法の主役は納税者」であるから、「路線価にとらわれずに」評価した原告らの評価額は相続税法二二条の規定する時価として当然に許容されるべきものであると主張するに等しく、失当である。

(四)  また、右事務連絡は「路線価等に基づく評価額が、時価を上回った場合の対応」を指示した事務連絡であるところ、被告は、原告らの当初申告に係る本件相続宅地の評価額が路線価に基づかず、かつ、右路線価による評価額を下回って算出されていたため、 右事務連絡に従い、本件相続宅地を路線価で評価した場合に、それが時価を上回っているという事態が存在するか否かを調査上判断するために、あえて不動産鑑定士による評価として三和鑑定まで行った納税者であり、事務連絡に反する点もない。

(五)  したがって、原告らの主張は失当である。

3  本件各更正処分に理由附記がないことが違法であるとの主張について

原告らは、通則法七四条の二第一項が、国税に関する法律に基づき行われる処分については行政手続法第二章及び第三章の規定を適用しない旨を規定したことは無効であり、したがって、理由附記のない更正処分は違法であると主張する。

しかし、通則法七四条の二第一項において、国税に関する法律に基づき処分については行政手続法第二章及び第三章の規定を適用しないこととしたのは、右処分が、<1>金銭に関する処分であり、処分内容をまず確定し、その適否については、むしろ事後的な手続で処分することが適切であること、<2>主として申告納税制度の下で、各年又は各月ごとに反復して大量に行われる処分であること等の特殊性を有していることに加え、<3>限られた人員をもって適正に執行し公平な課税が実現されなければならないものであることを勘案して、その手続は全体としていかにあるべきかという観点から、通則法及び各税法において必要な範囲の手続を規定することとしたためである。

ところが、通則法二八条二項及び相続税法においても、相続税の更正通知書に更正の理由を附記しなければならない旨の規定はなされていないのであるから、本件各更正処分に係る通知書に理由を附記する必要はないものであり、本件各更正処分が違法となるものでないことは明らかである。

4  慫慂の違法を理由とする本件各更正処分の違法の主張について

原告らは、修正申告の慫慂は法律に基づかないものであるから憲法違反であり、したがって、これと一体として行われた本件各更正処分も違法であると主張する。

しかし、修正申告の慫慂は、それ自体何らの法律上の効果を伴うものではなく、原告の権利又は義務に直接何ら具体的な影響を及ぼすものではないから、そもそも修正申告の慫慂を行うことに法律上の根拠を要するものではなく、これを法律に基づかないものであることを理由に違法であるとする原告らの主張は失当である。

また、更正処分は通則法二四条に基づき行われるところ、更正処分の前提として修正申告の慫慂を行うことは法令上何ら予定されていないから、修正申告の慫慂が、更正処分のための予備的又は前段階的な手続であるとか、準備手続であるとした上で本件各更正処分と一体であるとする原告らの主張は失当である。

なお、原告らは、被告調査担当者が虚偽の答弁をした旨主張しているが、原告らの相続税申告に関与した塩崎潤税理士の青葉台地区(甲取引事例地)の売買実例価格に関する調査の有無についての問いかけに対して、調査している旨の回答をしているのは、被告調査担当者が甲取引事例の現地の調査をしたという趣旨であって、三和鑑定を行った不動産鑑定士において甲取引事例地を調査したとの趣旨で回答しているものではないから、虚偽の答弁を行ったものではない。

5  本件各更正処分が通則法二四条に違反するとの主張について

原告らは、被告が本件各更正処分を行うに当たり、通則法二四条に規定する調査を行っていないから右本件各更正処分が違法になされたものであると主張する。

しかし、通則法二四条は行うべき調査の内容については何ら具体的方法を定めていないので、同条にいう調査とは、課税標準等又は税額等を確認するに至る一連の判断過程の一切を意味するものであり、その調査の範囲、程度及び手続などは課税庁の広い裁量に委ねられていると解すべきであり、課税庁は右調査を行うに当たり、納税者の指示に従って調査しなければならないとか、その過程における納税者の主張や意見に対してその都度一つ一つ答弁しなければならないというものではない。

本件において、被告は、机上調査に加えて、平成六年一一月二四日に亡玲子の自宅に臨場調査をし、同年一二月一二日に甲取引事例に係る現地調査を行い、さらに、不動産鑑定士に対して本件宅地に係る鑑定の依頼をも行っているのであるから、被告が通則法二四条に規定する調査を行ったことは明らかである。

6  本件各賦課決定処分について

原告らは、本件の事情の下では、路線価で更正処分を行うことは信義誠実・禁反言の原則に反するし、過少申告となったことについて通則法六五条四項に規定する「正当な理由」がある等と主張して、本件各賦課決定処分は違法であると主張する。

しかしながら、前記2のとおり、原告らは、国会答弁中に、政府委員が、「路線価には必ずしもとらわれない」と発言したことのみを根拠として、路線価より低い取引価格さえあれば、いかなる場合でもそれによって申告してよいのであると曲解したにすぎないものであり、右答弁を正確に読み取れば、かかる理解が生じようはずのないものである。

したがって、かかる原告らの理解の下、原告ら独自の計算により本件相続宅地の評価を行い、被告に対し本件申告書を提出したのであるから、課税標準額等を過少に申告したことについて正当な理由は存しない。

また、原告らは、資産税担当統括官に対し、事前相談を持ち掛けたことを根拠として過少申告したことについての正当な理由があると主張するが、そもそも、申告納税制度の趣旨に照らせば、納税者本人である原告らにおいて当初から適法に申告すべきものであるから、この点に関する原告らの主張は失当である。

なお、原告らは、納税者に故意又は過失がない等の場合に、過少申告加算税を課すことは刑法上許されないとも主張しているか、過少申告加算税は、申告納税制度を維持するために正確な申告を確保することを目的とした制度である以上、刑罰でないことは自明であるから、この点に関する原告らの主張も失当である。

五  争点

以上によれば、本件の争点は、次の各点である。

<1>  本件相続税に係る課税価格を算出するに当たって被告が採用した本件相続宅地の評価額は適正であるか。 (争点1)

<2>  本件各更正処分は理由附記がされていないことによって違法となるか。 (争点2)

<3>  本件各更正処分に先行して修正申告の慫慂が行われたことによって本件各更正処分が無効ないし違法となるか。 (争点3)

<4>  本件各更正処分には通則法二四条に違反した違法があるか。 (争点4)

<5>  本件各賦課決定処分について、原告らに通則法六五条四項の定める「正当な理由」が存するか。また、本件各賦課決定処分は禁反言の原則に反する違法な処分か。 (争点5)

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1(一)  相続税法二二条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別の定めのある場合を除き、当該財産の取得の時における時価によるべき旨を規定しているところ、右にいう時価とは、当該財産の取得の時において、その財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち当該財産の取得の時における客観的な交換価値をいうものと解される(以下「客観的時価」という。)

(二)  相続税における財産評価については、課税実務上は、評価通達及び「財産評価基本通達一五(奥行価格補正)の定めによる奥行価格補正率等の適用について」(平成四年八月二七日付課評二-一〇・課資一-一五)、「一画地の宅地が容積率の異なる二以上の地域にわたる場合の評価について」(平成四年八月二七日課評二-一一・課資一-一六)等の個別通達によって相続財産評価の一般的基準が設けられ、これによる画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされている。

評価通達においては、市街地的形態を形成する地域にある宅地については、原則として、その宅地の面する路線に付された路線価を基とし、奥行価格補正(同通達一五)、側方路線影響加算(同通達一六)、二方路線影響加算(同通達一七)、三方又は四方路線影響加算(同通達一八)、不整形地補正、無道路地補正、間口狭小補正、奥行長大補正、がけ地補正(同通達二〇)により計算した金額によって評価する路線価方式が採用されている(同通達一一、一三)。右各補正の補正率については、評価通達及び「財産評価基本通達一五(奥行価格補正)の定めによる奥行価格補正率等の適用について」(平成四年八月二七日付課評二-一〇・課資一-一五)、「一画地の宅地が容積率の異なる二以上の地域にわたる場合の評価について」(平成四年八月二七日課評二-一一・課資一-一六)等の個別通達に定めがある。

路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している路線ごとに設定するものとされ、路線価の価額は、売買実例価額、地価公示法による公示価格、精通者意見価格等を基として、その路線に面する標準的な画地の一平方メートル当たりの価額として国税局長が評定するものとされている(同通達一四)。

路線価については、従来、評価の安全性を考慮して、公示価格の評価水準と比較して低めに定められていたが、平成四年分以降は、路線価は、毎年一月一日を価格時点として、同日を価格時点とする公示価格の評価水準の原則として八〇パーセントとなるように価額決定がされている。

なお、評価通達には、当該年度の当初の時価と比較して相続開始時にける時価が上昇又は下落した場合において、路線価の時点修正を行うことができるとする規定はなく、課税実務上、原則として、同一年内に開始した相続については、その時期いかんにかかわらず、同一の路線価を基にして評価することとされている(弁論の全趣旨)。

(三)  右のような路線価の定め方に照らせば、課税実務において右のような画一的な評価を行うことは、公平な税負担と効率的な租税行政の実現という観点からみて首肯できるものであり、法も、相続財産の評価について右のような画一的な評価方法をとることを許容しているものと解される。

また、路線価方式による評価方法は、前記のとおりであるところ、路線価の価額については、売買実例価額、後記のとおり、基準時における客観的な時価と認められる公示価格及び精通者意見価格等を基に評定することとされており、不動産鑑定評価理論に照らしても、価額の評定方法として不合理とはいえず、また、相続の対象となった宅地の価額の評価に際しては、路線価に対して、奥行価格補正、側方路線影響加算等の補正を行うこととされており、各補正率についても不合理な点はなく、宅地の客観的時価の算定方法としての一般的合理性を有するものといえる。

(四)  そして、被告は、右の路線価方式によって本件相続宅地の価額を算定し、その価額を五億七三六四万六四〇〇円と評価したものである。

(五)  また、被告は、本件各更正処分に先立って、株式会社三和鑑定事務所に対、平成五年六月二日時点における本家宅地の更地としての完全所有権価格の鑑定評価を依頼し、同研究所は、取引事例比較法、土地残余法に基づく収益価格を関連付け、公示価格との均衡を図って、右価格を評価したところ、本件宅地の価額を八億七九〇〇万円と評価した(乙一)ことから、その結果から算定した本件相続宅地の価額五億八六〇〇万円は、路線価方式によって算定した本件相続宅地の価額を上回る。

(六)  したがって、路線価方式に基づいて算定した本件相続宅地の価額は、相続税法二二条にいう本件相続財産の客観的時価の評価として適正なものであると認めることができる。

2(一)(1) これに対し、原告らは、地価が連年急落する際には、その年において、地価公示法の公示価格は土地の客観的時価に追いつかずに高止まりするから、これを前提として算定される路線価も、客観的時価を上回る結果となると主張する。

(2) しかし、公示価格は、都市及びその周辺の地域等において、標準地を選定し、その正常な価格を公示することにより、一般の土地の取引価格に対して指標を与え、及び公共の利益となる事業の用に供する土地に対する適正な補償金の額の算定等に資し、もって適正な地価の形成に寄与することを目的として、地価公示法により公示される(同法一条)ものでって、その算定に当たっては、土地鑑定委員会は、二人以上の不動産鑑定士又は不動産鑑定士補の鑑定評価を求め、その結果を審査し、必要な調整を行って、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格を判定するものである(同法二条)ことからすれば、公示価格は当該土地の基準日における客観的時価に近似すると解することができるというべきである。

(3) また、評価通達においては、当該年度において地価が下落する場合に、相続開始時点までの時点修正を行う旨の規定はない、前記のとおり、路線価は、評価時点である一月一日以後一年間の地価の変動にも耐え得るように、評価の安全性に配慮し、原則として、公示価格の評価水準の八〇パーセントとなるように価額決定をすることとされているから、特段の立証のない限り、路線価方式によって算定される宅地の評価額は相続開始時点における宅地の客観的時価であると推認することが不合理であるとは解されない。

(4) これに対し、当該宅地の相続開始時点における客観的時価が、著しい地価の下落によって右のような安全性を見込んだ路線価方式による宅地の評価額をも下回る場合には、個別の評価によって当該宅地の評価を行うべきことは当然であり、右評価通達も「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」(評価通達六)と定めて、個別の評価によることを予定している。

(5) そこで、路線価方式により評価した宅地の評価額が、客観的時価を上回ると認められる場合には、個別の評価によるべきであるが、そのような事情が認められない限り、路線価方式による評価に基づいて行われた更正処分に違法はないというべきである。

(6)ア 原告らは、同人らが確定申告を行うに当たって用いた本件相続宅地の評価方法により算出した価額三億一五五〇万五五二〇円が本件相続宅地の価額であり、本件相続宅地を路線価方式により算定した価額五奥七三六四万六四〇〇円はこれを上回るから違法であると主張する。

イ 原告らの評価方法(以下、右の評価方法を「原告評価方式」という。)は、本件宅地の近傍類地の取引事例三例(甲取引例、乙取引例、丙取引例)から、本件宅地と最も類似するもの(甲土地)を抽出し、その実際取引価格と右土地の路線価との開差を算出し、これを本件宅地の路線価に乗ずることによって本件相続宅地の客観的時価を算出する方法でるが、右の方法は、鑑定評価基準に則った評価方法ではなく、仮に、本件宅地の近傍の土地の実際取引価格が路線価方式によって算定した当該土地の価格を下回ることがあったとしても、それが路線価そのものが客観的時価より高く評価されたことに基づくものであるのか、それとも、当該宅地の個別的な要因に基づくものであるのかは明らかではないから、右の事実をもって、本件宅地についても、当然に右の実際取引価格と右土地の路線価との開差と同じ開差があるとまでは推認することができない。

ウ また、原告らが右の方法によって行った本件相続宅地の価額の算定には次のような問題点が存在するというべきである。

すなわち、路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している路線に設定される価額であり、各画地の客観的時価は、各画地の持つ特殊性によって大きく差異を生ずるものであるので、右路線に面する画地の評価を行う際には、さらに、各画地の特殊性に応じた補正を行う必要があるというべきところ、甲土地は、その隣に六階建てのマンションがあるため、土地の半分は日当たりが悪い土地である(乙六)にもかかわらず、原告らの主張する評価においては、右の減価要因が考慮されていない。同様に、乙土地についても、幅三メートルの傾斜のある進入路の奥に建物を建築する必要のある土地であり、また、その背面には四メートル、側面には二メートルを超える擁壁がある土地で、樹木が生い茂り、日中でも薄暗い土地である(乙九)にもかかわらず、原告らの評価においては、これらの点が考慮されていない。

また、丙土地は、昭和五八年七月一一日に、日本行政書士連合会が総額三億三一九六万一二〇〇円で大蔵省から購入したものであり、また、日本行政書士連合会は、丙土地を大蔵省から購入するに当たり、東京都行政書士会との間で、丙土地の購入費用とその地上に建築する建物の建築費等については二分の一ずつ負担するものとし、東京都行政書士会が右負担額の支払いを終了することを条件に、丙土地及びその地上建物の所有権の持分二分一を移転するとの内容の覚書を、昭和六〇年四月一一日に交わし、その後、平成五年一二月一六日、右覚書の趣旨に従って、丙土地及びその地上建物等の所有権の持分二分の一が、合計三奥〇三三八万五八一〇円で東京都行政書士会に譲り渡されたものであるが、その際、丙土地の譲渡価格は、日本行政書士連合会が大蔵省から取得したときの価格三億三一九六万一二〇〇円の二分の一とされたものである(乙一一ないし同一三)。そこで、右のような丙土地の譲渡経緯に照らせば、日本行政書士連合会から東京都行政書士会への譲渡価格をもって、自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる客観的な時価と評価し得るかについて疑問があるといわざるを得ない。

エ そうであるとすれば、原告評価方式よって算定した本件相続宅地の価額が本件相続宅地の客観的時価を示すものとは認め難いというべきであるから、これを前提とした原告らの右主張は採用できない。

(二)(1) また、原告らは、三和鑑定の鑑定結果は誤りであると主張する。

(2) 原告らは、その理由として、まず、不動産鑑定士は鑑定を行うに際しては、地価公示法上、既に標準地の公示価格が設定されている地域の宅地については、この標準地の価額を基準としなければならないところ、公示価格は各基準時においても時価を上回っているから、客観的かつ公正な鑑定は困難であると主張するが、前記の通り、公示価格は基準時においても客観的時価に近似するから、右主張は理由がない。

(3) また、原告らは、不動産鑑定士は、被告からの鑑定依頼の場合、路線価評価は適正であるとの方向での結論にする可能性が高く、適正な不動産評価はなされないと主張するが、右主張を認めるに足る証拠はない。

(4) さらに、原告らは、鑑定に当たっては、経済性を共通にするような特定の地名(例えば青葉台地区)を有する土地の中で、評価対象土地により近い土地の取引事例に限って採用すべきであるのに、三和鑑定においては、収集した取引事例の中に青葉台地区の近傍類地の取引事例は含まれておらず、いずれも本件宅地の所在する青葉台地区から遠く離れた目黒区の他の地区の宅地の取引事例を用いており、不十分であると主張するが、証拠(乙一)及び弁論の全趣旨によれば、本件相続宅地は、閑静な一般住宅地域にあるところ、三和鑑定において用いられた取引事例も、いずれも、一般住宅地域に所在するものであり、また、本件相続宅地は、東急東横線の中目黒駅、学芸大学駅、東急新玉川線の池尻大橋駅、京王井の頭線の駒場東大前駅が最寄り駅であることが認められるから、本件相続宅地と三和鑑定において用いられた取引事例とは、いずれも、一般住宅地域にあり、副都心である渋谷駅に接続する鉄道の渋谷駅にほど近い前記各駅を最寄り駅とする点において類似し、同一需給圏の類似地域にあるものということができ、三和鑑定の鑑定評価の方法が不合理であるとは認められない。

3  したがって、被告が本件相続宅地の価額を路線価方式により算定した評価額に基づいて本件各更正処分を行ったことは適法なものというべきであり、この点について、原告ら主張の違法は認められない。

二  争点2について

1  国税通則法七四条の二によれば、国税に関する法律に基づき行われる処分その他公権力の行使に当たる行為については、行政手続法第二章、第三章の規定は適用しないこととされており、相続税の更正処分について、青色申告に対する更正処分の場合(所得税法一五五条二項)のように理由の附記を義務付ける規定は存在しない。

2  原告らは、憲法三一条の定める適正手続の保障の趣旨及びこれを具体化した行政手続法の趣旨からすれば、更正処分には理由が附記されるべきであり、これに反する国税通則法の右規定は無効であると主張するが、憲法三一条が、直接に、行政上の不利益処分である更正処分に理由が附記されるべきことまでも保障しているものとは解されない。

3  したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。

三  争点3について

原告らは、本件で被告の担当官の行った修正申告の慫慂が憲法に違反する行政行為であるから、これと一体的になされた本件各更正処分も憲法に反し、無効であると主張するが、修正申告の慫慂は、これに従わないとしても、法律上何らの不利益が課されるものではなく、それが更正処分の前提として不可欠なものとされているわけでもない。

また、仮に原告らの主張のとおりの慫慂が行われた事実があったとしても、本件においては、原告らがこれに従って修正申告を行ったものでないことは明らかである。

したがって、仮に被告の担当官が修正申告を慫慂したとしても、そのことによって本件各更正処分が違法となるものではないから、この点に関する原告らの主張は認められない。

四  争点4について

原告らは、被告は原告らが確定申告の際に依拠した本件相続宅地の評価方法に関して何ら調査を行わないまま本件各更正処分を行ったものであるから、右各処分は国税通則法二四条に違反し、違法であると主張する。

しかし、本件においては、原告らが確定申告の際に依拠した本件相続宅地の評価方法自体の合理性に疑問があることは前記のとおりであり、また、被告は、本件各更正処分を行うに先だって、本件相続宅地に関して、株式会社三和不動産鑑定事務所に対し、不動産鑑定を依頼し、右鑑定の結果が、本件相続宅地を路線価で評価した価額よりも高額となったことから、路線価により本件相続宅地の評価をしても本件相続宅地の時価を超えるものではないと判断したことが認められる(甲一九、乙一、商人塩崎潤三三、弁論の全趣旨)から、右のような事情の下では、仮に、原告ら主張の各取引事例を具体的に調べなかったとしても、本件各更正処分が調査に基づかずにされたものとは解されない。

したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。

五  争点5について

1(一)  本件各賦課決定処分は、原告らの相続税の申告が、前記のとおり、亡玲子の相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を過少に申告していたために課されたものであるか、原告らは、本件各更正処分が適法であっても、本件においては、原告らには通則法六五条四甲所定の正当な理由が存するというべきであり、そうでないとしても、禁反言の原則に反するから、本件各賦課決定処分は違法であると主張する。

(二)  通則法六五条四項所定の正当な理由とは、納税者のした申告が真にやむを得ない理由によるものであり、かかる納税者に過少申告加算税を課すことが不当もしくは酷になる場合を指すものと解されるから、以下、本件の原告らについて、右のような事情が存在するか否かについて検討する。

(三)  証拠(甲五、同六)によれば、平成四年三月二六日開催の第一二三回国会参議院大蔵委員会において、政府委員として出席した国税庁課税部長は、路線価よりも実勢価格の方が低いという状況にあるとの委員からの指摘に答えて、「仮に路線価よりも実際の取引価格あるいは鑑定士の評価額あるいは公示価格等が低い、路線価が高いという場合には、個々の実例に応じて適正な価格で算定する、路線価には必ずしもとらわれないということでございますので、取引価格を上回るということはないようにしたいと思っております。」と答え、さらに「個々のケースにおいて客観的な価格が評定され、それが路線価を下回っている場合にはそれが採用されるということになる」と答えたこと、また、右政府委員は、「まず、路線価が適正であるべきであるというのが第一だと思います。したがいまして、例えば地価が下がっているという場合にはそれを適切に路線価に反映させる、まずこれを徹底させたいと考えております。その上で、なおかつ個別の問題でその路線価に比べ実際の取引価格、民間精通者評価額、公示価格等から勘案してそういった価格の方が路線価よりも低いという場合には、その低い価格が時価ということになる」と述べていることが認められる。

右の発言内容は、前後の脈絡を踏まえて考えれば、実際の取引価格、民間精通者評価額、公示価格等を勘案して評定した価額が適正な時価といえる場合については、それが路線価よりも低いとしも、その価額をもって時価と解するべきであるとの趣旨を述べたものであると認められ、実際の取引価格等に基づく評価額であれば、それが当然に相続税法二二条のいう時価として取り扱われるとの見解を表明したものでないことは明らかである。

(四)  また、証拠(甲七)によれば、課税庁内部において、相続税の申告に当たっては、いかなる場合でも路線価等に基づいて申告しなければならないものではなく、路線価等に基づく評価額での申告等でなければ受け付けないなどということのないように留意する等の記載内容の事務連絡が行われたことが認められるが、右の事務連絡が、路線価によらない申告について、当該申告に係る評価額が適正であるか否かにかかわらず、すべて相続税法二二条の時価による申告として取り扱う旨の見解を表明したものでないことは明らかである。

(五)  したがって、原告らが、右の政府委員答弁や事務連絡の趣旨を誤解し、これに基づいて確定申告を行ったとしても、原告らには通則法六五条四項所定の正当な理由が存するといえないことは明らかであり、被告が本件各賦課決定処分を行うことが、禁反言の原則に違反するとも認められない。

2  また、原告らは、原告らが申告相談に行ったにもかかわらず、その際、被告の担当者から実際の取引事例に基づいた評価によって申告を行うと過少申告加算税が賦課されることがあるとの説明を受けなかったから、原告らには正当な理由が存し、そうでないとしても、本件各賦課決定は、禁反言の原則に違反すると主張するが、そもそも課税庁に対して納税者の申告相談に応じてどのような申告が適法な申告であるかを個々具体的に説明すべき義務を定めた規定は存しないから、原告らの主張は採用できない。

3  さらに、原告らは、過少申告加算税は、一種の行政罰ないし行政制裁の性格を有するものであるから、刑法総則の適用を受け、納税者に故意又は過失がない場合に、これを課すことは許されない(同法三八条)との前提に立って、原告らには故意も過失もないから、本件各賦課決定処分は違法であると主張するが、過少申告加算税の賦課については刑法総則が適用されるべきであるとの右の前提となる主張は原告ら独自の主張であって採用できず、原告らの右主張もまた失当である。

4  以上のとおりであるから、本件各賦課決定処分には原告ら主張の違法はない。

六  以上によれば、本件相続宅地の相続開始時点における価額を被告主張のとおり、五億七三六四万六四〇〇円とすると、原告中尾眞の本件相続に係る納付すべき税額は一億一〇六七万八六〇〇円、原告中尾眞紀子の本件相続に係る納付すべき税額は三三二一万五八〇〇円、原告中尾綾子の本件相続に係る課税価格は、五億二六四一二万六〇〇〇円、納付すべき税額は二億一八三九万四二〇〇円となるから、右課税価格及び納付すべき税額を同額とする本件各更正処分は適法である。

また、原告らに課される過少申告加算税の額は、原告中尾眞について一一六万七〇〇〇円、原告中尾眞紀子について二万三〇〇〇円、原告中尾綾子について九一四万六〇〇〇円となるから、これらと同額とする本件各賦課決定処分は適法である。

七  よって、原告らの本件請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)

別表A

原告 中尾眞

本件課税処分の経緯

<省略>

別表B

原告 中尾眞紀子

本件課税処分の経緯

<省略>

別表C

原告 中尾綾子

本件課税処分の経緯

<省略>

別表1 課税価格等の計算明細表

<省略>

別表2-1 税額算出表

<省略>

別表2-2 附則19条3項の規定を適用した場合の税額等の計算(原告中尾眞紀子)

<省略>

別表2-3 旧措置法69条の4の適用の対象となっている土地の明細

<省略>

別表3 相次相続控除額の計算

<省略>

別表4-1 土地の内訳

<省略>

別表4-2 本件宅地の評価明細表

<省略>

別表6 現金、預貯金の価額の明細

<省略>

別表7 その他の財産の価額の明細

<省略>

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